映画が扱う社会テーマ

「難民申請中のミャンマー人一家についての映画」


テキスト:浅川晃広[名古屋大学大学院国際開発研究科・講師/法務省入国管理局・難民審査参与員]

当初、知人から本作について、このような紹介を受けた。移民政策、移民法、難民法の研究者としては、当然ながら、観ないわけにはいかない作品である。
その理由として、ひとつには、自分の研究分野と直結していること、次に、意外にも在日外国人を描いたドキュメンタリーや映画は、ほとんどといって存在しないこと、さらに、「難民申請」という極めてセンシティブであり、政治的な問題が、果たしてどのように扱われているのかについての興味、というものである。
とりわけ、評者が、法務省入国管理局の難民審査参与員を務め、600件の案件に関与し、200名以上の難民申請者をインタビューしてきたことから(2018年6月時点)、難民認定制度について熟知しているということとも密接に関連がある。
何より、最大の懸念は、政治的な文脈で、難民認定制度が位置付けられているのではないか、というものであった。
この上で本作を観るに、その懸念は非常にいい形で「裏切られた」のであった。評者のような者が、難民申請に関する場面を見ると、「難民申請中」であることはわかるのだが、そうした予備知識のない観客が見た場合には、単に「何かビザが入管で拒否されている」ほどにしか理解できない程度に、絶妙に「ぼかされている」のであった。まずもって、こうしたあえて制度的、政治的な点に、意図的には踏み込もうとしない本作の姿勢に感銘を覚えたのであった。
こうした姿勢は本作全体で貫かれており、あくまでも一家族のライフヒストリーに徹底的にこだわり、まさにドキュメンタリーのように、本当の家族の生活ぶりを切り取ったかのような作品に仕上がっている。だが、単に家族の生活を「切り取った」だけではなく、そこには、難民認定制度はもちろん、在日外国人の雇用、いわゆる移民一世と移民二世の関係と確執、外国人と言語、外国人の子供の教育、外国人の母国への帰還と再適応(いわゆる「帰還移民」)、といった、移民政策研究の立場から見ても、あまりにも多くの論点が盛り込まれている。
このように専門家から見ても、「論点満載」なのだが、本作の恐るべきところは、外国人について、何ら予備知識がないものが観たとしても、「家族」という、誰もが理解できる題材となっており、まさに「万人向け」という側面も持っていることだ。専門家も、そうでない観客も引き付けることができるということ、すなわち、観るものによって、その価値観や経験に基づいて、さまざまな側面から位置づけら得るという多面性を有している。
こうした本作の多面的な性格は、逆説的にも、淡々とこの家族のライフヒストリーを切り取るという、一見単純な行為をあくまでも徹底的に貫いていることに裏打ちされているといえる。「在日外国人」「難民申請」という、ややもすれば、極めて政治的な主張に結び付きかねない題材について、あえて、その政治性を一切消し去ることによって、本作が到達した地平は、見事というほかない。まさにこれが「映像」の力というべきか。
さらに本作が、20代の監督によって作成された最初の作品であるという点にも、驚きを禁じ得ない。この一見複雑に見えるテーマを、このような形で描き切ったという能力は、恐るべきというほかない。必見の作品である。

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